ノベルのトビラ クサカリの刀身

 ≪あらすじ≫


ノベルのトビラに吸い込まれ、少年が行き着いたのは「山の民」の住まう村の祠であった。名前を忘れてしまった少年は、刀鍛冶のクサカリ、巫女のサトミと出会い、山の民を脅かす存在と対峙する中で「小説家」としての在り方を自身に問い質す。


※配役の性別、言い回し、演出の変更自由。


所要時間:55分程度


◇◇◇◇◇


原案:にょすけ様

イラスト: 雨宮水ノ様

協力:かかわわ様、雨宮水ノ様


ノベルのトビラ 企画ページ(お読みください)

https://saitai.amebaownd.com/posts/41180121


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2023/04/30

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≪登場人物紹介≫


サトミ

山奥にある「山の民」の村の巫女。両面を覆う目隠しをつけており、触れたものの魂を読み取る不思議な力を持っている。カズハの妹。好物はわらびもち。


カズハ

 若くして「山の民」の村長を務めている、サトミの兄。小太刀を下げているのが特徴。


クサカリ

「山の民」の村の外れに住む刀鍛冶。サトミ、カズハとは幼馴染。「山の主」の血が強く出ており、大柄で異形の腕を有している。物静かな性格。


白銀ライト

名前を忘れてしまった「小説家のたまご」


吾輩ちゃん

案内役の白猫


N

ナレーションと改行。読むかどうかはおまかせします。


◇◇◇◇◇


≪本文≫



白銀ライト:どわっ!いててて。

吾輩ちゃん:あーあー、だから言わんこっちゃない。


N:古びた扉から一人の少年と猫が飛び出してきた。

N:それは、そこから「出てきた」のか「戻ってきた」のか。


白銀ライト:言わんこっちゃない、だなんて言うなよな。

吾輩ちゃん:何回でも言うにゃよ。言わんこっちゃない、言わんこっちゃない、言わんこっちゃぁなぁーい。

白銀ライト:ああ、もう、うるさいな。

白銀ライト:お前は一言一言がとにかくうるさいんだよ。

白銀ライト:まだお前が物言わぬ猫だった時は、とにかく静かでそれはもう大人しかったのに。

吾輩ちゃん:ライト、静かで大人しかった、って言うのはおんなじ意味の反復だにゃ。

白銀ライト:とにかくそれくらい大人しかったって意味だよ!

吾輩ちゃん:そんなんじゃあ立派な「小説家」になんてなれにゃいわよ?

白銀ライト:いいか?吾輩ちゃん。

吾輩ちゃん:にゃによ?

白銀ライト:世の文豪のほとんど、特に芥川龍之介なんて、自分で表現したい言葉が足りないから自分で言葉を作ったほどだ。

白銀ライト:言葉に正解なんていつだって無いんだよ。

白銀ライト:言葉の正解はいつだって、その物語が作り出すんだから。

吾輩ちゃん:ふーん、ライトのくせに生意気なこと言うのにゃ。

白銀ライト:これでも「小説家」のたまごだからね。

吾輩ちゃん:ふふ、様になってきたじゃない。


N:「吾輩ちゃん」と呼ばれた白い猫は、ライトの周りをとてとてと回り、誇らしげに語る。


吾輩ちゃん:で、もー。

吾輩ちゃん:そう簡単に「小説家」になんてなれるかしらにゃー?

白銀ライト:またその話かよ。

吾輩ちゃん:何度だって言うにゃ。

吾輩ちゃん:物語の「扉」を開け、「プロット」という心に巣食う魔物と対峙してこそ

吾輩ちゃん:「小説家」は初めて「小説家」となりえるにゃ。


N:一人と一匹が飛び出してきた古ぼけた扉の隙間から煌びやかな光が漏れている。


白銀ライト:わかってるさ。

白銀ライト:何度だって僕はこの扉の先に潜り、物語の真髄を我がものにしていく!

吾輩ちゃん:でも、残念。さっき言い忘れてしまったことがあるにゃ。

白銀ライト:言い忘れたこと?

吾輩ちゃん:そうにゃ。

吾輩ちゃん:ライト、この「物語」の扉を開ける度にライトは大切な何かを引き換えに差し出すことになるにゃ。

白銀ライト:大切な何か?

吾輩ちゃん:そうにゃ。それはライトの身体の一部かもしれないし、目に見えない何かかもしれない、もしかしたら過去や未来や心のエトセトラかもしれない。

吾輩ちゃん:それでも、ライト、あなたはこの物語の扉をあけるにゃ?

白銀ライト:当たり前だよ。

白銀ライト:そこに物語がある。

白銀ライト:そこに誰かが心を求めてる。

白銀ライト:そして僕は「小説家」だ。

白銀ライト:何があったって、僕はその扉を抜けて

白銀ライト:物語を紡ぎ続ける。

吾輩ちゃん:……いい返事だにゃ!!

吾輩ちゃん:ならば少年よ、いいや!「小説家」よ!

吾輩ちゃん:こころのペンを取れ!

吾輩ちゃん:その胸を開き、すべての物語を汝の糧とするにゃ!

吾輩ちゃん:合言葉はいつだってこうにゃ!

吾輩ちゃん:「ボンボヤージュ」!よき旅を!

白銀ライト:あ、ちょ、ちょっとまってその前にちょっとメモを……

吾輩ちゃん:もう遅いにゃ!!!!!


N:吾輩ちゃんが少年を蹴り飛ばす。


白銀ライト:わ、わ、うわああああ!!


N:よろめき、扉の奥に吸い込まれる少年。

N:物語とはいつだって唐突に始まるものだ。

N:少年が取り損ねたメモ帳には、既にいくつかの言葉が記されていた。

N:そこにはひとつ、「後悔をするな」と言う言葉が残されている。


吾輩ちゃん:さてさて、かのオスカー・ワイルドは言ったにゃ。

吾輩ちゃん:「経験とは、誰もが失敗につける名前のことである」と。

吾輩ちゃん:この旅で少年は、どんな「経験」をするのかにゃ。

吾輩ちゃん:ふふ、さあ、「物語」がはじまるにゃ!


N:光の中に白猫も溶けていく。

N:光は次第に、光であると感じさせる事のないくらい白くなり

N:「それは、目次と呼ばれた。」


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サトミ:厳(いわお)におわす我らが主、我ら「山の民」を荒ぶるものから祓え給い(はらいたまえ)、清め給え(きよめたまえ)、神ながら(かむながら)、守り給い(まもりたまえ)、幸せ給え(さきわえたまえ)


N:セミの鳴き声。

N:古びた木製の引き戸から、一人の少年と猫が飛び出してきた。

N:それは、そこから「出てきた」のか、そこに「現れた」のか。

N:少年は高らかに声を上げる。


白銀ライト:っ…とっと。

白銀ライト:んじゃ、始めようぜ、物語を…!

吾輩ちゃん:まずは周りを見ろにゃ。

白銀ライト:茶々を入れるなよ。

吾輩ちゃん:黙って聞くにゃ。いつ、どこで、だれが、にゃにを、にゃぜ、どんにゃふうに。そういうのは最初に言うもんにゃ。くせにしにゃいと身につかにゃいよ。

白銀ライト:そうだな。んーと、僕が出てきたのは、山の高い所にある祠みたいな所か。ちょっとほこり臭いけど木のいい香りもする。天気は晴れで、白くてでーっかい、ふわふわのパンみたいな雲が浮かんでるな。

吾輩ちゃん:ちょっと例えがいい加減だにゃ。

白銀ライト:そーかよ。で、目線を少し下に傾ければそこは開けた場所になっていて、何やら神事の真っ最中。小太刀(こだち)を下げたガタイのいい男と、目隠しをつけ、巫女装束を身に纏う若い女性。

白銀ライト:さらに奥には十人ちょっとの村人が祈りを捧げている…そんな所か?

吾輩ちゃん:ちょん、ちょん

白銀ライト:何だよ、(まだ何か…)

カズハ:お前…何者だ!!

白銀ライト:お、よくぞ聞いてくれた!僕は…(あれ…?)

吾輩ちゃん:バカモノ、にゃまえを名乗るにゃらまず自分からにゃろうが。

カズハ:な…!!!

サトミ:…!誰が喋ってるの?

カズハ:…化け猫だ!クソ、とんだ異物が紛れ込んだと見える。お前たち、あれを捕まえて叩き斬れ!

サトミ:兄さん…!乱暴はよしてよ!

カズハ:…!サトミは下がっていろ…!


N:村の者がにじり寄ってくる。


白銀ライト:ちょっとお前ら、僕らはただの…うわああああああああ!やめろやめろ!

カズハ:山の主の祠に!!何の用だ!!

カズハ:絶対に逃がすなァ!

吾輩ちゃん:ここはいったん逃げるにゃ!

白銀ライト:お、おう!


N:白猫、少年の肩に乗る。


白銀ライト:うおおおおおおおおおおおおっ!


N:少年、追手を背に駆け出す


白銀ライト:はぁ、はぁっ、吾輩ちゃんも降りて走れよ!重いだろ!

吾輩ちゃん:レディに失礼にゃよ。そのうえ歩くどころか走らせようとするにゃんて、おまえは人の風上にもおけないやつにゃ。

白銀ライト:も〜〜〜〜!!!吾輩ちゃんのばか〜!


サトミ:…ついにこのときが、来たんだわ。


N:半刻ほど後。草が生い茂る山中、大木の影に身を潜める少年と猫。


白銀ライト:ぜえ、はあ…もう撒いたろ。

吾輩ちゃん:なかなかしつこかったにゃ。

白銀ライト:にしても、腹減った〜。

吾輩ちゃん:のんきな奴にゃね。

白銀ライト:お!こんなとこにキノコ生えてる!赤くてうまそう!

吾輩ちゃん:それ、お前が食ったら死ぬやつにゃよ。

白銀ライト:ええ〜…じゃあ保存用にとっとこ

吾輩ちゃん:やれやれ…チェーホフの銃の話を知らんのかにゃぁ

白銀ライト:こいつが役に立つか立たないかは、まだ分からないだろ?これは僕の直感さ

吾輩ちゃん:勝手にどうぞにゃ。

吾輩ちゃん:…そこに家が見えるにゃ。

白銀ライト:このままってわけにもいかないからな。初のお宅訪問と行こうぜ



N:祠からだいぶ離れた、村のはずれ。とある家屋にライト達は駆け込んだ。開いたままの引き戸をくぐると、薄暗い土間の先にあるのは工房であった。しんと静まり返った作業場には、さらさらと刃物を研ぐ音が聞こえる。



白銀ライト:ごめんくださーい。

クサカリ:…

吾輩ちゃん:聞こえてないのかにゃ。


N:さらさらさら…男は砕き地艶(くだきじづや)とよばれる仕上げの作業に勤しんでいる。砕いた目の細かい砥石を親指の腹で滑らせるように動かし、刀を研いでいく。


クサカリ:…悪いな、今手が離せない。


N:そう静かに告げた彼の腕は、とても精緻な作業をしているとは思えぬ、まるで別の生き物のようであった。

N:彼の腕は毛むくじゃらで、指先には近づけば食い殺されるのでないかと思うほど悍ましく凶暴な、煮詰めた赤黒い血のような色をした鉤爪が生え揃っていた。

N:さらさら…

N:刀とじっくり対話しながら、クサカリは地鉄と波紋の美しさを際立たせることにより命を吹き込んでいく。彼の出立ちに、不思議と清らかな印象を覚えた。


白銀ライト:うおあ…

クサカリ:珍しいな、うちに客が来るとは

クサカリ:今は相手してやれないが…そこらでくつろいでいくと良い

クサカリ:お前は、どこから来た?

白銀ライト:僕は…村の外から、トビラを開いてやってきた。

吾輩ちゃん:にゃぁ。

クサカリ:ふん。名前は、あるのか

白銀ライト:んや…それが。


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サトミ:きれいな銀色ね。

白銀ライト:おああああああ!!!びっくりしたあ

サトミ:クサカリ、あがるよ。

クサカリ:ん…サトミか。

白銀ライト:あー!あんたは!

吾輩ちゃん:さっきの女の子にゃね。

サトミ:あなた、ここに来てたのね。いらっしゃい。


サトミ:クサカリ、その刀に触っても良い?

クサカリ:…構わない

サトミ:―――とってもきれいだわ。

クサカリ:そうか。

サトミ:峰から続くは秋の澄んだ空のごとく。触れた心地はなめらかで、刃縁(はぶち)はまるで新雪のよう。

サトミ:クサカリ、いい刀だね。クサカリの優しい心が伝わってくるよ。

クサカリ:…この刀には、名がない。名を与えるまでは、まだ完成ではない


白銀ライト:え〜っと、僕って、まだ村の人に追われてる?

サトミ:追われてるけど、ここは大丈夫よ。

白銀ライト:よかったぁ〜!

クサカリ:サトミ、そいつとは知り合いなのか?

サトミ:ううん、さっきはじめて会った。

クサカリ:そうか。名前は何という

白銀ライト:んや…それが。なんでか、思い出せなくて。

吾輩ちゃん:忘れたのかにゃ、自分の名前を

吾輩ちゃん:お前は、小説家にゃ。それも、まだたまごの。

白銀ライト:そうだ、そうだな

白銀ライト:僕は、名のない小説家だ。

白銀ライト:それで…いいのかな

吾輩ちゃん:…

クサカリ:名乗る名を持たないと言うことか

白銀ライト:まぁ、そんなところ。

サトミ:そうなの。なら旅人さんね。

白銀ライト:この猫は、吾輩ちゃん。吾輩ちゃんは僕の名前、わかるよな…?

吾輩ちゃん:さぁ、どうだかにゃ。

クサカリ:俺はクサカリだ。ここで道具職人をしている。よろしく

サトミ:まだ言ってる。クサカリはね、刀鍛冶なの

白銀ライト:おう、そうなのか。

サトミ:クサカリ、せっかくお客さんが来たんだから、お茶でも淹れて話そう?

クサカリ:サトミ、悪いが今は仕上げ中で、手が離せない。

サトミ:わかってる。もう完成するんでしょ。

クサカリ:旅人、暇を持て余しているならサトミを手伝ってやってくれ。

白銀ライト:僕はなんか手伝える?

サトミ:それじゃあ旅人さん、湯呑みとお皿を持ってきてくれる?

白銀ライト:わかった。ええーとえーと

クサカリ:そっちは古い棚だから…

白銀ライト:お!良さそうなのがあった。

サトミ:じゃあ、こっちに持ってきて。

白銀ライト:…?クサカリ、なんだよその顔

クサカリ:いや…。何でもない

サトミ:さぁ!今日はお家でわらび餅をつくってきたの!悪くならないうちに食べましょう?

クサカリ:はじめからそのつもりだったのか。

白銀ライト:おおー!うまそう!手伝う手伝う!早くお茶にしようぜ。

サトミ:あら!この器、久しぶりだわ。古い棚に仕舞ってあったのね。

クサカリ:もっと出来が良いのがある。

白銀ライト:へぇ…こういうのも全部クサカリが作ったものなのか。

サトミ:食器も、使ってあげたほうが長持ちするのよ。

クサカリ:んんむ…

サトミ:私は、ものに宿った魂を読み取ることができるの。

サトミ:そして、こうして触れれば、記憶を呼び起こすことができる―――

白銀ライト:え?ふわああ


N:視界が、白い光に包まれる。



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≪回想シーン≫



N:幾年前の光景だろうか。山中の原っぱで、一人の少年が木刀を振っている。そこへ、遠くから籠を担いだ少年と少女が駆け寄ってくる。


カズハ:―――九百九十五!ふん!くぬぬ!ふん!

サトミ:兄さーん!兄さーん!聞こえてるー?

カズハ:千っ!!!!―――だはぁ、はぁ…

サトミ:千回振ったの?すご〜い!回数増えたね!

カズハ:ああ。もう腕あがんないよ…

サトミ:私もたくさん、薬草摘んできたよ!

カズハ:んで、クサカリは?

サトミ:あら?どこかしら

カズハ:おいおいあいつはほったらかしかよ

サトミ:えへ〜

クサカリ:サトミ、早いよ、一緒に運ぶって言ったじゃないか〜

サトミ:一緒に運んだじゃない。途中まで

クサカリ:帰りはサトミが運んでよ?

サトミ:さ、お昼にしましょう!兄さんもお腹空いてるでしょ。

カズハ:まさかサトミ…!心を…読んだのか…?

サトミ:そんなの誰が見たってわかるわよ!ばか

クサカリ:ははは

カズハ:はっはっは

サトミ:こら!クサカリ、あんたも準備する!

クサカリ:はぁい。っとと!よっこいせぇ…

カズハ:おい、ふらついてるぞ、今日の荷物そんなに重かったのか?

クサカリ:いや、大丈夫!いま見せるから

サトミ:ならべた順から、ご飯にしましょ。

カズハ:おにぎりと干し肉と、おしんこもある!

クサカリ:それと、これね

カズハ:その皿、新作か

サトミ:そう!これに合うお皿が欲しいってクサカリに頼んでおいたの!じゃじゃーん!特製わらびもち!

カズハ:へえ…皿ってそんなに大事なもんか?

サトミ:兄さんわかってないよ、こうすると、ほら…岩場にあふれてくる湧き水みたいだわ。とってもきれい!

クサカリ:ごはんおいしかった〜わらびもちも早く食べようよ!

サトミ:クサカリまで!今いいこと言ったでしょ!なんか言葉はないわけ?

カズハ:何か思ってるか、クサカリの心に聞いてみたら?

サトミ:はいはい。それよりクサカリ、

クサカリ:…うん。よいしょっと

カズハ:これは…

サトミ:この刀、兄さんの為にクサカリが鍛えたのよ!すごいでしょ!

カズハ:なんでサトミが偉そうなんだよ。

クサカリ:よかったら受け取って欲しい。自信作だ

カズハ:抜くぞ…

カズハ:…

カズハ:すげえ…これ、俺が貰って良いのか?俺の刀…

クサカリ:もちろん。カズハに使って欲しい。

サトミ:良かったわね、クサカリ!

クサカリ:うん!よかった。受け取ってくれてありが(とう、カズハ)

カズハ:ありがとう…!クサカリ…ずっと大事にする

クサカリ:おわ、泣いてんの…

カズハ:泣くわけないだろっ、でっ、でも、泣きそうなくらい嬉しいよ!!

サトミ:ふっ…

三人:ふふっ、はははははっ


N:皿の視点で映し出された光景は、刀を掲げて微笑む三人の笑顔に囲まれて、幕を下ろした。



≪回想シーン終わり≫



白銀ライト:これが…器の記憶か…


白銀ライト:今のにも映ってたけどクサカリ、子供の頃からすげえ腕だな。

クサカリ:気にはしていないが、これでだいぶ他の子供からは怖がられたな。

白銀ライト:なんでクサカリの腕はこんななんだ?

クサカリ:俺には山の主の血が濃く出ているらしい。

サトミ:クサカリの家系に伝わる力は危険なものではないし、私達山の民にとっては大事なものなの。でも、みんなクサカリを遠ざけてる。

白銀ライト:クサカリの力って?

サトミ:【魂を吹き込む力】。

白銀ライト:魂…ね

白銀ライト:サトミはそれを読み取れるってことか。

サトミ:そう。読み取る力のおかげで、こうして目を覆っていても、自然や道具の「声」を聴いて周りを知ることができるの。

白銀ライト:なるほど。さっき見たこの器の記憶では、サトミは目隠しをしてなかったね。

サトミ:そう…ね

白銀ライト:あ、ごめん。言いたくなかったら。

クサカリ:久しぶりに見た。サトミの瞳は、昔から綺麗だったな。翡翠のようで

サトミ:あー、あー、私はそろそろお暇しようかな〜?刀の完成も見れたし、兄さんも気になるしぃ〜それじゃあ旅人さんゆっくりしていってね。クサカリのことよろしくねっ!

白銀ライト:んあ


N:サトミはそそくさと荷物をまとめ、駆け出してしまう。


クサカリ:気をつけて帰れよ。

白銀ライト:なんか任されたけど。どういうこと?

クサカリ:さぁ。急な用でも思い出したんだろう。

吾輩ちゃん:揃いも揃って鈍感な奴らにゃ

白銀ライト:なんだよ

クサカリ:この猫は話すことが出来るのか

吾輩ちゃん:珍しいかにゃ?

クサカリ:珍しい。が、前にも喋る猫を見たことがある。そんな気がする

白銀ライト:へぇ、他にもいんのか。

白銀ライト:それで、聞いてみたいことがあるんだけど

クサカリ:なんだ

白銀ライト:サトミの目、なんで今は覆ってるんだ?目が悪いのか?

クサカリ:そうではない。自分から目を覆うようになったんだ

白銀ライト:それはまた、なんで。

クサカリ:俺のせいでもある。あれからいくらか後のことだが…

吾輩ちゃん:!!

クサカリ:…?

白銀ライト:吾輩ちゃん、どうした?


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吾輩ちゃん:…雲行きが怪しいにゃ。

白銀ライト:たしかに、雨の降る前の匂いがする。

吾輩ちゃん:これは、それだけじゃない筈にゃ

クサカリ:やはり猫、アレを知っているのか

クサカリ:荒錆(すさび)の事を…!

吾輩ちゃん:…


N:ざぁ、と突然の夕立が「山の民」の集落を襲い、同時に周囲には濃密な霧が立ち込める。


白銀ライト:なんだ、その「すさび」っていうのは

クサカリ:悪いがサトミを追いかけなければならない。説明は外でする!ついてきてくれ

白銀ライト:おお、どこいくんだ

クサカリ:蔵だ


N:走り出したクサカリを追うと、蔵の中には、見渡す限り無数の刀があたりに収められていた。


白銀ライト:これ…何十本あるんだ

クサカリ:持てるだけ持ってくれ。どれでもいい

白銀ライト:何なんだよ、いきなり…

白銀ライト:ってこれ、ぜんぜん切れなさそうじゃないか!大丈夫なのか

クサカリ:移動しながら説明する、ついて来い


クサカリ:今、村には「荒錆(すさび)」が現れている。

白銀ライト:はぁっ、はぁっ、すさ…なんだって

クサカリ:荒錆(すさび)。無貌(むぼう)の影、荒ぶるものなどと呼ばれている。村の結界の中には入っては来れない筈だが…異常な事態だ

白銀ライト:どんな奴なんだ?

クサカリ:荒錆に触れた金属は錆び、植物は枯れる。だから…


N:濃密な霧が夜陰に六尺ほどの人型を形成し、二人の前方に立ちはだかる。


白銀ライト:うわぁあっ!!!

クサカリ:刀一本で一体、片付ける!!!


N:クサカリが背中の袋から刀を一本取り出し、荒錆に叩き込むと、人型の影はがらがらと崩れ落ち、砂の山を残して消滅した。


白銀ライト:こんなのがうようよ居るってことかよ…!

クサカリ:おい、前を見ろ!

白銀ライト:うわあああ!危ねえっ


N:飛び退いたライトのいた地面が、荒錆によってえぐり取られる。その隙をついてクサカリが背中から新たに抜刀し、もう一体の胸を貫いた。


クサカリ:おおおおおおおおおおあ!


N:ぼろ、と崩れてゆく刀。


白銀ライト:クサカリ、刀が!!!

クサカリ:荒錆に使った刀は柄ごと砂と化す。名のある刀は別だが。

白銀ライト:そんなの…あんまりだ。刀がかわいそうじゃないか

クサカリ:生きるためには、仕方のないことだ

白銀ライト:…

吾輩ちゃん:雨がひどくなってきたにゃ。

白銀ライト:そうだ、サトミが!!!

クサカリ:この雨では「声」も聞こえづらいだろう。

クサカリ:サトミが何処へ行ったかも問題だ。村に向かっていたとは思うが…事態が事態だ、祠に向かっているかもしれない

白銀ライト:どうすんだ、手分けして探すか?

クサカリ:この状況で単独行動は危険だが…

クサカリ:旅人!前にも出たぞ!

白銀ライト:任せろ!うりゃああああああ!!


N:どす、少年が荒錆の左肩に刀を打ち込むと、刀を飲み込んで荒錆の左腕は砂になった。


白銀ライト:クサカリ、そっちは(大丈夫か!)


N:しかし、


クサカリ:旅人、まだだ!まだ動いている!

白銀ライト:え…?


N:刀を飲み込んだ荒錆が一回り大きくなり、十尺の巨体から、獲物に飢えた右腕が少年に向かって放たれた。


吾輩ちゃん:伏せろにゃ、


N:ざん、薙ぎ払われた右腕は、少年を突き飛ばした白猫に直撃する。


クサカリ:!!!!

白銀ライト:吾輩ちゃん!!!

白銀ライト:て、てめえ!!!この野郎ォオ!!!

白銀ライト:人ん家の猫に、何してくれてんだぁああああああああ!!!!!!

白銀ライト:うおらあああああああ!!!!!!


N:少年が背中の刀を引き抜き、巨人の顔面めがけて刀を突き刺す。


N:瞬間、少年の視界が、白い光に包まれる。


白銀ライト:これは―――この刀の記憶…?なんで…


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≪回想シーン≫


N:わらびもちを囲んだ時より少し背が伸びた三人が、生い茂る草をかき分けて道のない山中を進んでいる。


クサカリ:こんなところで本当に良いの?

サトミ:こっちで合ってる筈よ。

カズハ:サトミが言うなら間違いないだろ。

クサカリ:でも、ばれたらじいちゃんに叱られるよ…

カズハ:大丈夫だ。村の外まで行くと山の主に守られてないから、行くところまで行ってダメなら引き返すさ

サトミ:このあたりは方角的にも地形的にも条件が合うのよ。村の大人はめったに行きたがらないけど、ここで薬の材料になるものが見つかったら、みんなの役に立つわ

クサカリ:それは、いいことだから賛成だけど。危ない時は俺を身代わりにしてね

カズハ:クサカリは丈夫さだけが取り柄だもんな

クサカリ:そうだよ。

カズハ:はっはっは、頼もしい限りだ

サトミ:そんなどんくさいことしないわ。クサカリも簡単にそういう事言わないでよ…

カズハ:妹よ、そこは「頼りにしてるわ」でいいんじゃないか?

クサカリ:まぁまぁ。何もなければそれが一番だよ

サトミ:あー!あったわ!見つけた、あの大木の下!

クサカリ:どこどこ

サトミ:こっちよ!

サトミ:この赤いキノコ、書物にあったのと同じだわ。人には強すぎてそのまま食べることはできないけど、ちゃんと調合すればケガの治療薬になる。

クサカリ:ほかにも生えてるかな。薬草もちらほら生えているから、摘んでいこうか

サトミ:そうね。


サトミ:そういえば、兄さんは?

クサカリ:カズハー?

カズハ:ふたりとも、こっち来てみろよ。

サトミ:なぁにー?

カズハ:ほら、あれ見て。

クサカリ:うわぁ…!!きれいな白猫!

カズハ:ほーら、こっちおいで〜

クサカリ:だいぶおとなしいね。

サトミ:兄さんって動物好きだったのね

カズハ:いつ嫌いだなんて言った?

クサカリ:けっこう好きだよね。村のみんなの前では黙ってるみたいだけど。

サトミ:ええ〜!なんでクサカリは知ってるのよ!

クサカリ:はてな。なんででしょうか。

カズハ:男同士の話ってのがあるから、な!クサカリ!

サトミ:ずるいわよ!私だけ仲間はずれは!

クサカリ:大丈夫大丈夫。サトミに隠し事なんかしてないよ

カズハ:ほんとだぜ。全く隠してないよな?クサカリ

サトミ:はぁ〜〜〜?


吾輩ちゃん:ふにゃぁ〜ぁ。


N:白猫は大きくあくびをすると、視線を空に移した。


N:見上げた空を灰黒い雲が覆い、雨がぽつり、ぽつりと降り注ぐ。三人の周囲には、濃密な霧が立ち籠めていた。


カズハ:おい…!!!

サトミ:兄さん…もしかしてこれって

クサカリ:荒錆(すさび)が、来る…!


N:それは、気づいたときには音もなく大きな影となっていた。霧は人の姿をとり、三人の退路に立ちはだかる。呆気にとられ、静謐(せいひつ)と呼ぶには、あまりにも悍(おぞ)ましい沈黙が流れる。


クサカリ:に、逃げて!サトミ走って!

サトミ:え、ええ

カズハ:俺が引きつける、早く走れ

クサカリ:そんな事、しなくていいよ!行こう!

カズハ:まだあいつが逃げれてない…!猫!はやくあっちいけ!



吾輩ちゃん:フ―――ッ!!

カズハ:ば、馬鹿!お前が勝てっこないだろ!

サトミ:兄さん!早くして!

クサカリ:カズハ!


N:白猫が荒錆の首めがけて飛びかかる。


吾輩ちゃん:シャ―――ッ!!!

カズハ:あっ…!!


N:薙ぎ払われた荒錆の一撃を喰らい、口から赤い砂を吐いて吹っ飛ぶ白猫。


カズハ:くっ………


カズハ:クサカリ!サトミ!心配すんな!

カズハ:俺が…こいつを倒す!!!


カズハ:おおおおお!


N:荒錆が巨体をうねらせ、カズハの小太刀による一撃を躱し、同時に腕を薙ぎ払う。


カズハ:お前がなんで俺たちを襲うのか、俺には理解できない、けど!

カズハ:お前が暴れた後に草木が枯れていくのが、俺は!!!!気に食わねえんだよォッ!!!!


カズハ:≪葉刀・木立≫(ようとう・こだち)!!!!

クサカリ:カズハ―――!!


N:カズハの一太刀が荒錆の首筋を捉え、同時にカズハの脇腹にも荒錆の一撃が直撃した。


カズハ:ッ―――

サトミ:兄さん!!!

カズハ:(カハッ、)


N:カズハは口から赤い灰を吐き出し、ぐったりと倒れ伏す。首を飛ばされた荒錆の巨体は、さらさらと崩れ落ちた。


クサカリ:カズハ!!!


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サトミ:どうしようクサカリ!兄さんが…!

クサカリ:サトミ…

サトミ:うわあああ!!!!

クサカリ:サトミ、落ち着いて。深呼吸して。すぅ―――

サトミ:はぁっ、はぁっ…

サトミ:うん…

サトミ:すぅ―――

クサカリ:はいて

サトミ:はぁ―――

クサカリ:サトミ、どうしたらカズハを助けられる?サトミならきっと助けられる、大丈夫だよ

サトミ:うん…

サトミ:ここでは治療できない、この雨と霧では助けも呼べない。なら運ぶしか無いわ

クサカリ:俺の体力でも、この山道をカズハを担いで登ったらざっと行きの三倍はかかるよ

サトミ:それなら…

サトミ:さっきの猫を診せて

クサカリ:すぐに。

クサカリ:サトミ、この子まずいよ。体がほとんど灰色になってる

サトミ:クサカリ、これを…この子に食べさせて

クサカリ:それはさっきのキノコ…

クサカリ:わかった、やってみる。


サトミ:兄さん、生きてるよね?生きてるよね?

サトミ:見るよ、兄さんの中―――


N:翡翠の瞳が、白い光を帯びる。


カズハ:『どうして』

サトミ:兄さん!生きてる…よかっ

カズハ:『お前は何がしたいんだ』

サトミ:ぇ―――


N:怨嗟の言葉は続く。


カズハ:『どうして俺には力が無いんだ』

サトミ:え…?

カズハ:『お前に奪われた』

カズハ:『お前を、許さない』

カズハ:『必ず、返してもらう』


N:サトミの瞳が光を喪(うしな)っていく。


サトミ:あ、あ――――――

カズハ:『お前が、憎い』

サトミ:嫌―――いや

サトミ:嫌ぁあぁあああああああああ!!!!!!!


N:ふっ、と少女の意識が途絶える。


クサカリ:サトミ!!どうしたサトミ!!しっかりして!サトミ!!!


クサカリ:サトミ、息はある、なら、だけど、カズハはどうする―――俺のせいだ!俺の!は、はぁ、はっ、どう、どうしたら!!!


吾輩ちゃん:助けたいかにゃ、そいつを


N:振り返ると、熊ほどの体躯をもつ大きな白猫が、クサカリへ語りかけていた。

吾輩ちゃん:キノコ、ありがとにゃ。助かったにゃ

クサカリ:化け猫…

吾輩ちゃん:いかにも。ここでは「火車(かしゃ)」と名乗ってるにゃ

クサカリ:妖怪、火車…カズハをさらうつもりなのか

クサカリ:…カズハは!お前をかばったんだぞ!

吾輩ちゃん:…その男はまだ死んでいないにゃ

クサカリ:…じゃあ

吾輩ちゃん:しかしさっきの荒錆(すさび)に襲われて、魂の木が枯れかけているにゃ

クサカリ:―――

吾輩ちゃん:望むのなら、お前たちを村まで運んでやるにゃ。

クサカリ:頼む。

吾輩ちゃん:良い判断にゃ。さぁ、急ぐにゃ

クサカリ:カズハ、サトミ、すまない。俺は―――



≪回想シーン終わり≫

-----


N:ぷつり。

N:少年の視界が暗転し、土砂降りの山中に自分がいた事を思い出す。


白銀ライト:はぁ、はぁ、なんでクサカリの過去に―――、吾輩ちゃんが居たんだ

クサカリ:旅人!気がついたか

白銀ライト:あぁ、クサカリ、すまない

クサカリ:お前の白猫だが…(見ての通り)


白銀ライト:クサカリ、この赤いキノコって役に立つか

クサカリ:旅人、それはどこで

白銀ライト:来る途中で採った。吾輩ちゃん、なんとか元気にできないか

クサカリ:分かった。与えてみよう…


N:白猫が目を見開くと同時に失われた色彩が戻っていき、ついでに体躯も熊並に大きくなる。


白銀ライト:元気になりすぎじゃん…おっす!

吾輩ちゃん:また、助けられたようにゃね。

クサカリ:お前はあの時の…火車?

吾輩ちゃん:細かいことを話してる時間は無い筈にゃ。

白銀ライト:そうだった。早くサトミのところに行きたいのに、この先も荒錆(すさび)だらけでまともに進めやしないぜ

吾輩ちゃん:それなら…わたしが奴らを引きつけて道を作る、任せろにゃ。

クサカリ:ありがとう。それでは旅人、来てもらえるか

白銀ライト:当然!そうと決まれば急ごう!

クサカリ:ああ!!


吾輩ちゃん:後悔の、にゃいように。少年


N:白猫と別れ、村へと駆ける二人。


白銀ライト:僕の物語も、誰かを傷つけるのかな

白銀ライト:クサカリ、僕は怖いよ

クサカリ:そうか

白銀ライト:なんで僕が名前を思い出せないのか、わかった気がする

白銀ライト:僕は小説家だ。自分がしたためた作品を誰かに読んでもらうっていうのは、クサカリが刀を鍛える事と似ているような気がする

白銀ライト:僕がどれだけ考えても、いや、はっきりさせようとすればするほど、切れ味がいいほどそれは誰かを傷つけるかもしれないんだ

白銀ライト:クサカリがなまくらの刀を作ってきたのは、荒錆を倒すためじゃない。怖かったからだろ

白銀ライト:…わかるな…って思ったんだ

クサカリ:…そうだ。俺は自分の鍛えた刀が大事な人を傷つけるのが、怖かった

白銀ライト:うん。

白銀ライト:でも、その一振りだけは違う。そうだろ。

クサカリ:…半年前、俺の師匠でもある祖父が亡くなった。

クサカリ:生前祖父は言っていた。「鍛冶を通じて自分自身を磨き続けろ。刀は作り手の魂そのものだ」と

クサカリ:だから、俺はこの一振りを鍛えた。俺という人間の全てを注ぎ込んで。

白銀ライト:そうだったのか。

白銀ライト:ありがとう、話してくれて

白銀ライト:…「後悔をするな」

クサカリ:?

白銀ライト:僕の大事にしてる言葉。おっと、そろそろ道がひらけてきた。

白銀ライト:…このあたりか?

クサカリ:サトミー!どこだ!返事してくれ!


N:ズシン…近くで木々の倒れる音がする。


白銀ライト:…あれは!

クサカリ:祠(ほこら)の方角だ!急ぐぞ!


N:音のした方へとたどり着く。遠く視線の先には、木にもたれて息を整える巫女服が居た。


クサカリ:サトミ!


サトミ:クサカリ!…気をつけて、追ってきたのが、まだそこに居るの…!

クサカリ:荒錆か…

白銀ライト:サトミ、大丈夫だったのか

サトミ:ええ、旅人さんも無事でよかったわ。

サトミ:村の方は大丈夫。戦える人は残って、他の人は兄さんが安全な場所へ逃したみたい

クサカリ:カズハは

サトミ:村では会えなかったけど、無事なはずよ

サトミ:祠の結界は私が行けば張り直せる。だから着いてきて―――

サトミ:―――!!!


N:霧が立ち籠め、無数の荒錆が現れる。


クサカリ:ッ!!いつの間に

白銀ライト:か、囲まれた…!

クサカリ:…うオォォォォあ!!


N:強く踏み込むクサカリ。少年の両脇にも荒錆が迫る。


白銀ライト:畜生、二体同時かよ…!


白銀ライト:手持ちはこれで最後…

白銀ライト:おらああああああああ!!!!


N:左右にふた薙ぎ、刀が荒錆の胸を捉え、砂へと還してゆく。


白銀ライト:クサカリ!

クサカリ:旅人、使え!


白銀ライト:これは…!今日完成したっていう

クサカリ:ああ。お前になら、任せられる。

白銀ライト:…わかった

白銀ライト:(これで…いいのか…?)


N:荒錆の一体がサトミに襲いかかる。

N:ぎりぎりで躱し、走り抜けるサトミ。


サトミ:!!!

サトミ:急がなきゃ…!

クサカリ:サトミ無事か!

サトミ:大丈夫。このまま進も―――あっ!!!


N:ぬかるんだ地面が、サトミの足を掬う。その隙を荒錆は見逃さなかった。


N:無数の荒錆が巫女に影の腕を伸ばし、その腕が振り下ろされる。


白銀ライト:!!

クサカリ:サトミ!!!

サトミ:―――ッ!


-----


N:ギシギシ、バキバキ…

N:少し離れた山の斜面が鳴動する。

N:遠くから放たれた無数の枝が木々と荒錆をなぎ倒し、荒錆は跡形もなく消滅した。


クサカリ:ッこれは…

白銀ライト:おい!大丈夫なのか!?

サトミ:兄さん…


N:人影は、揺れる小太刀を妖しく光らせながら、こちらへ向かってくる。

N:刀身の周りには樹木の葉と枝が蠢き、周囲の木々と連動していた。

N:バキバキ!という音が雨の降る山中に響き渡る。


クサカリ:このままでは危ない!サトミ、逃げるんだ…!

サトミ:兄さん…?どうしちゃったの?兄さん!

白銀ライト:どうなってんだこれ!

カズハ:ウウッ…グォォア!!!


N:だんだんと顕になるその表情は虚ろで、無差別な敵意を周囲に撒き散らしているように見える。


カズハ:ヴオァ!!!!!!!!


N:小太刀を振るい、樹木を引き裂き、纏い、放ち、闊歩するその姿は、まさしく荒神(あらがみ)を思わせる。


サトミ:兄さん!!そっちはだめ!村が…村が壊れちゃう!!!

クサカリ:駄目だサトミ…!危ないから静かに行くんだ!!

サトミ:クサカリ…

サトミ:村の結界を張り直すことが出来ても、今の兄さんは止められない。きっと、祠(ほこら)で「山の主」の力を授かったんだわ。でも…その力に飲まれている…

クサカリ:村人は安全な場所に居るはずだ。サトミは行ってくれ

クサカリ:そして旅人…

白銀ライト:あぁ…あいつを止めなきゃいけないんだろ

クサカリ:そうだ。

白銀ライト:ン。

クサカリ:その刀の力を引き出すことが出来れば、奴を止められる。

サトミ:村を守るのは…私の役目。クサカリたちに任せるなんて…それは…

クサカリ:だがお前にしかできないこともある。

クサカリ:…頼めるか

白銀ライト:…


N:クサカリに促され、太刀を手に握る。瞬間、少年の脳裏に、聞き覚えのない言葉が流れ込む。


◇◇◇◇◇

白銀ライト:どうして、アッ、あんなことを―――

白銀ライト:大事に、したかった人が―――

白銀ライト:むなしい、苦しい―――

白銀ライト:ま、まって―――


白銀ライト:―――ッ!!


◇◇◇◇◇


白銀ライト:はぁ、はぁ…

白銀ライト:何だ…?今の

クサカリ:旅人、どうした?

白銀ライト:…この違和感は、なんなんだ

サトミ:…

白銀ライト:クサカリ、ごめん

白銀ライト:僕には無理だ

クサカリ:なっ…!

白銀ライト:この刀を持つのにふさわしいのは…


N:少年が目を見開き、巫女を見据える。


サトミ:…!!

クサカリ:お前…なんてことを言い出すんだ!サトミにそんな事させられるわけがないだろう!

白銀ライト:なんでだ!

クサカリ:なんでもだ!お前が駄目なら俺があいつを…カズハを止める!

サトミ:馬鹿言わないで!それこそ無茶よ…!

クサカリ:無茶でも、サトミには傷ついて欲しくない

白銀ライト:クサカリ!!

白銀ライト:この刀は…!お前の…!!「魂」なんだろ?



白銀ライト:(僕の書いたものも、きっと誰かを傷つける)

白銀ライト:(作品は、自分の手から離れたらもう、自分のものではなくなる)

白銀ライト:(一度世に出したら制御が効かないんだ)

白銀ライト:(だから後悔がないように、自分に恥じないように作るんだ)

白銀ライト:(僕は預けられた。クサカリの魂を)

白銀ライト:(クサカリには後悔して欲しくない)

白銀ライト:(クサカリの刀を持つべきなのは。)

白銀ライト:(クサカリが大事にしたいものは。)

白銀ライト:(クサカリが守りたいものは。)

白銀ライト:(クサカリの魂を、「きれい」だと言ったひとは。)


白銀ライト:(ここにいる。)



クサカリ:くッ…

白銀ライト:クサカリ、今お前に出来ることはなんだ

クサカリ:何も、ない

白銀ライト:そうだ。何もない。クサカリが出来ることはもうない。もう既に終わってるんだよ

クサカリ:…ッ

白銀ライト:クサカリ…サトミを見ろ


N:巫女が、両目に巻いた布をするすると解いてゆく。はらり…流れ落ちる布から、翡翠の双眸が男を捉えた。


クサカリ:サトミ…

サトミ:クサカリ、私に任せて


サトミ:自分のせいだって思ってるんでしょ

サトミ:そうじゃないの、私がいけないの

サトミ:怖がって、何も言わなかったから

サトミ:答え合わせをするのが怖くて

サトミ:心を読めたって、意味、ないんだよ

サトミ:答えは相手の言葉で聞かないといけないの

サトミ:それに気付いたのは、随分後のことだった

サトミ:私、クサカリの声をずっと聞いてきた

サトミ:だからもう…逃げないよ


クサカリ:分かった。

クサカリ:頼む。サトミ。


サトミ:…。

サトミ:うんっ。ありがとう。

サトミ:行ってくる。兄さんのところへ。


N:巫女が踵を返し、嵐の中を踏み出していく。


白銀ライト:悪い、クサカリ。僕、いま凄くひどいことしてるよな。

クサカリ:…吐きそうだ

白銀ライト:っはは…でも。サトミを信じてるんだろ

クサカリ:ああ。間違いない。


-----


N:ぱしゃっ、踏みつけた水音を置き去りにして、巫女は凄まじい速さで駆けてゆく。尚も破壊を繰り返す、荒神と成り果てた怪物へ。


サトミ:はぁっ、はぁっ…

サトミ:兄さん!!

カズハ:ヴヴヴゥゥ!!


N:男が小太刀を振るうと、周囲の木々が蠢き千切れ、無数の枝が伸びて巫女へ襲いかかる。


サトミ:ッ!!!


N:体を捩らせ、わずかに空いた隙間を縫うように走り抜ける。


カズハ:グオオオオ!!


N:まるで生きた鞭のように小太刀が振るわれると、巫女に迫った幹がうねり、突き出される。


サトミ:これは…!避け続けるのは無理…!


N:突き出された太い幹を納刀状態の鞘で受け流し、身を浮かせる。幹に飛び移った巫女はそのまま小太刀の男へと突き進み、抜刀。


サトミ:ッ!はぁぁあ!!


N:駆ける足は速度を増し、立ちはだかる枝をドス、と鈍い音を立てて切り落とした。


カズハ:グッ…!ハァ、ハァ、邪魔を…するな!!

サトミ:ッ!きゃぁあ!


N:大きくうねりをあげた幹が、巫女を空中へと投げ出す。放物線を描き、落下していく巫女。


カズハ:…


N:しかし。


サトミ:でもッ…!

サトミ:このまま…!!!行くッ!!!!!


N:翡翠の瞳が白く輝き出す。その眼光は、小太刀の男を捉えていた。


クサカリ:サトミーッ!!!!!


サトミ:…闇夜に輝く、白銀(はくぎん)の太刀(たち)よ!

サトミ:いまその力を解き放ち、心に巣食う魔を打ち祓え!!!!!


N:ぴしゃっ、視界が強烈な光に包まれる。

N:切っ先に落雷を受けた巫女は、雷鳴とともに刃を振りかぶる。


サトミ:…≪雷刀・白銀≫(らいとう・しろがね)!!!!!

カズハ:≪万葉刀・木立≫(まんようとう・こだち)!!!!!


N:ガツンッッッ!!!刃と刃がぶつかり合う音が山中に響き渡る。弾け飛んだ雷が木々とぶつかり、バキバキ、ゴロゴロと猛烈な破壊音が爆風を伴って荒れ狂う。


サトミ:ねェ、兄さん、何があッた、の!!!

カズハ:俺は…俺の力で、山の民を守る

サトミ:何ッ、言ってるの!!!これじゃ、村が、山が、滅茶苦茶になっちゃう…!聞こえないの!木々の泣いている声が!!!!!

カズハ:俺は!!!!!俺は!!!!!

カズハ:ウオオアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

サトミ:らぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!


N:再び、視界が白に包まれる。

N:映し出されたのは、器の記憶の続き。カズハの持つ刀の記憶であった。



-----

≪回想シーン≫



カズハ:ありがとう…!クサカリ…ずっと大事にする

クサカリ:おわ、泣いてんの…

カズハ:泣くわけないだろっ、でっ、でも、泣きそうなくらい嬉しいよ!!

サトミ:ふっ…

三人:ふふっ、はははははっ


クサカリ:それじゃあ、名前を決めて欲しい

サトミ:この刀の名前だよね?

カズハ:う〜ん…


カズハ:おれたち「山の民」は、自然と共に生きることを大切にしている。

カズハ:狩りも農耕も、薬草採取だって、山の恵みなしでは成り立たないし、俺たちがこの山の自然を守っているから木も育つ。俺たちはこの山に生えてる木と一緒だ。俺たちは支え合って並んで立つ木だ。

サトミ:うん。

クサカリ:うん。それと、じいちゃんは伝統も大事だって言ってた。

カズハ:そうだな。こいつはクサカリの受け継いだ伝統と、これからこの山の自然と一緒に大きくなっていく俺たちを象徴する刀だ。

カズハ:だから、名前は「木立(こだち)」にする。

クサカリ:「木立」。

サトミ:「木立」!!!とっても素敵!

カズハ:じゃあこいつは今から「木立」だ。ふたりとも、ありがとうな

サトミ:うふふ

クサカリ:えへへへ

カズハ:俺はこの「木立」で、村を守れる男になる。クサカリが打ったこの刀で!!!



N:小太刀の視点で映し出された光景は、少年の決意の眼差しを最後に、幕を下ろした。



≪回想シーン終わり≫

-----


N:再び意識が浮上すると、雨は止んでいた。

N:湿った草と、土のにおい。


N:葉から溢れる雨滴の落ちる音だけが辺りにこだました。


サトミ:兄さん、

カズハ:俺は…

カズハ:悔しかった。俺の力で何もできないことが。

サトミ:そんなこと、ない

カズハ:守りたいものが…お前や、クサカリのくれた魂を、守れなかったことが

サトミ:だからって、無理はしちゃ駄目

サトミ:私達、支え合って来たじゃない

カズハ:…

サトミ:兄さんが出来ることは、力を持つこと以外にも、沢山ある。私も、みんなも。兄さんに助けられてる。

カズハ:そうかな…?

サトミ:そうだよ。


N:ぴしっ、小太刀の切っ先に、亀裂が走る。やがてそれは刀身をかけめぐり、ぱらぱらと刀身を崩した。


カズハ:あ…

サトミ:兄さん…ごめんね

サトミ:私、怖かったの。それで、

サトミ:それで…ちゃんと兄さんの事、見てなかった。

カズハ:謝ることはないだろ。怖かったんだよな、ごめんな。至らない兄貴で

サトミ:そうやってすぐ自分で抱え込んで…

カズハ:…やっぱり俺達は兄妹ってことだな

サトミ:あ…!

カズハ:ははっ

サトミ:ふふっ…馬鹿みたい

カズハ:迷惑かけたな…それで、もう一人の馬鹿はどこに行った?

サトミ:一緒に来てる。たぶんもう来るわ

カズハ:そうか…良かった…

サトミ:兄さん!?


クサカリ:サトミ!カズハ!

白銀ライト:よかった…!無事そうで。

サトミ:村の方は?

吾輩ちゃん:村人は無事にゃよ。

サトミ:わわっ!猫ちゃん!?大きくなったわね…

吾輩ちゃん:荒錆(すさび)も、みんな消えたみたいにゃ。

サトミ:そう…。

サトミ:兄さんは疲れて寝ちゃったみたい。まったく世話が焼けるわよねぇ…

クサカリ:まったくだな。

白銀ライト:なんかまだ、手伝えることある?

サトミ:ううん、あとは大丈夫。兄さんを連れて村に帰るだけだわ。

サトミ:ありがとう、白銀

クサカリ:それが、刀の名か

サトミ:そう。

白銀ライト:しろがね。

クサカリ:いい名だ

白銀ライト:うん。

白銀ライト:…それじゃあクサカリ、僕は行くよ。

クサカリ:そうか。まだゆっくりしてもいいのに。

白銀ライト:僕はこの村でやるべきことをした。だから、行くよ

白銀ライト:クサカリ、元気でな

クサカリ:ああ。また顔を出してくれ。俺たちはここにいる。

白銀ライト:サトミもありがとう。僕に名前をくれて。

サトミ:うん!またね!白銀!また会おう!

吾輩ちゃん:それじゃあ出るにゃ。

サトミ:猫ちゃんも、ありがとーう!



―――エピローグ―――



N:雨上がりの山奥で、星の出ない夜空をぼんやりとながめる者達が居た。

N:折れた小太刀を抱えた男と、刀鍛冶の男。

N:やってきた巫女が、彼方を指差す。

N:目線の先、雲の晴れ間から、大きな満月が顔をのぞかせた。


N:猫が少年を背中に乗せ、走り出す。


吾輩ちゃん:少年よ!よくぞ物語を導き、自身の名を取り戻した!

吾輩ちゃん:さぁ急ぐにゃ!

吾輩ちゃん:次の物語が、君を待っている!

白銀ライト:そうだ…僕は小説家…白銀ライトだ!

白銀ライト:物語の先で、僕はもっと大きくなる!


吾輩ちゃん:飛ぶにゃ!

吾輩ちゃん:あんまりはしゃいでると、舌を噛むわよ。


N:大きく踏み込み、切り立った崖から飛び出していく猫。


白銀ライト:う、うわああああああああああ〜!


N:はるか真下に扉が現れ、一人と一匹は煌びやかな光に飲み込まれていく。

N:少年と猫が居なくなった、山奥の夜。


N:刀を振るうものは常に自分と向き合い、悩み、その責任の重さにもがき苦しみ続ける。

N:その心は傷つき、傷つけられ、時になまくらの刀身に成り下がる。


N:けれど、きっと。彼らは思う。

N:きっと、そこに宿った魂が錆びつくことはない。

N:巫女が、刀に手を添える。

N:彼らの行く先を、その物語を。遥か遠い彼方の空から、白銀(はくぎん)の月が照らしていた。









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