『誰がロックを殺すのか』6陣【arker】
Episode No.n0
♠
「どこか、気まぐれで、外れているのね。」
「ここは、流れを均一に。」
「今の所、規則正しく。」
「今のは重ねる所。」
わたしは、弾く手をとめる。
「あのね、のの。とっても素敵だったわ。でもね、コンクール(のための練習)だから。のの、母さんの言う通りにやってみて。きっと聴く人みんなが感動するわ」
ある日。
「今の所とても良く出来ているわ。まるでその時代の生の演奏を聴いているかのよう。そのまま、次の所もやってみましょう。あと少しで、ばっちり。完璧になるわ。」
またある日。
「どうして言ったように出来ないの?もしかしてのの、母さんを困らせて楽しんでいる?ののはできるのよ、言われた事を言われたように再現できる能力がののにはあるの。これは誰にでも出来る事では無いの。そこはあなたの凄い所なのよ。」
だから何。
「私には、正しく教えている自信があるわ。…その顔はなに?私がレッスンした通りにやって、今までののは結果を出して来たじゃない。それが証拠よ。私は勘違いして思い上がってるわけじゃないの。
言われた事を言われたようにやる、まずはそれが大事なのよ。自分のやりたいようにやるのは、やりたければいつでもできるのだから。真面目になさい。」
言われた通りの音を奏でれば喜ばれた。
決められた配列、科学的に正しいとされるリズム、旋律、ハーモニー。
わたしは、うんざりしていた。音楽は世界中にあふれていて、街の雑踏にも、すぐそばを吹き抜ける風の音にも、夏の夜空にさえも感じることができるというのに。わたしは存在している、ただそれだけで良かったのだ。
「あとは自由になさい。」
大学にあがると、わたしはヴァイオリンを置いた。何のために、誰のために弾いていたのかわからないまま、終わった。
♣
数日後。
しん、と指先が冷たくなるのを感じながら、陽だまりを選んで歩を進める。
風に吹かれた桜の花びらが、落ち着ける場所を求めて流れていくかのように―――
―――わたしはサークル棟のとある一室の扉の前に来ていた。
「…ギターとベース、だけですか?」
ここはバンドサークルの部屋と聞いていたけれど。どうやらまともに活動できる人数が居ないらしい。
すらっとした体躯で黒髪のおとなしそうな先輩と、何が楽しいのか、必要以上にニカニカしている
ブルーアッシュの髪でメガネの先輩が演奏の手をとめ、わたしを見る。
「こんにちは。君は見学?」
「…はぁ」
「荷物こっちにどうぞ、俺は河内守。君―――名前は?」
河内と名乗った先輩は、気さくながらも、どこかうやうやしく案内をする。
そうかしこまられると、少し、緊張する。
「…成瀬です」
「成瀬さんね。よろしく!楽器は何かやってる?それとも歌う人?」
「…ヴァイオリンやってましたけど。」
………。
言葉の川のせせらぎが、急に堰き止められたかのような、妙な空気が流れる。
「ヴァイオリンって。」
そう言を発したのは黒髪の先輩だ。彼は何か言いにくそうな表情ではあるが、
色々考えあぐねた挙げ句、言葉をひとつ、紡いだ。
「日向 緑です。成瀬さんは…音楽が、好き?」
その目をじっと見つめ返す。わたしが頷くと(※緑から見たそれは7mmにも満たない微かな顔の傾きではあるが………)、先輩は微かな笑みをたたえ、そう、と息をつく。
「…見て行ってもいいですか。」
どうぞ、おーしやるか、とか、まだこんなだけどな…とか、緊張すんな‥とか
あれこれブツブツ言いながら二人組は準備を進める。
「いける?『。』それじゃ、『あぁ』3,2…―――」
彼等の演奏が始まってからひとしきり終えるまでを、わたしは世界の外側―
――実際には年季の入ったピアノ椅子の上からだけれど―――から、眺めていた。
整っては、いない。調和していない。二人の腕に抱えられた“それら”が発する声はバラバラで、
それぞれが違う主張をわたしに訴えかけてくる。子供のけんかみたいだ。
けれど。二人の音楽は、お互いを好いているのがわたしにはよく分かった。
けんかじゃない、じゃれ合いか。
(あなたたち、少し落ち着きなさいよ、もう!一旦わたしの話を聞いて―――)
わたしはピアノ椅子から立ち上がり、世界の内側へと踏み入った。
わたしがスティックを手に取ったとき―――乗せられたな、と思った。
―――きみもこっちにおいでよ。―――
気付けば二人の音楽は、同じメッセージを私に届けていた。
すぅ、肺いっぱいに空気を取り込む。湧き上がってくるイメージ。
あ、。
もう既に手は振り下ろされていた。
ドゥッドゥンドコドコダダダッダダダダダッダッダダバンバンバンジャンジャダンダカバッシーン!!!!!!!
「『!?!?!?!?!?!?!?!?!?』」
二人組は演奏をとめ、鳩を食らった豆…なんだっけ?とにかく間抜けな表情でわたしを見た。
「…どうしたんですか?」
「ミド聞いたかよ、この子絶対経験者だよな・・・」
「あぁ・・・ほんと凄いね、成瀬さん。実はもうどっかで活動してたり?」
「いえいえ、なんかこういうのあったらいいなと思っただけで。これくらい普通にできるくないですか?」
・・・
「成瀬さん、よかったらしっかりさ、」
日向先輩が言い終わる前にわたしは帰り支度をする。
「帰ります、また来ます。」
ばたん、。
、、、
〜
・・・
「…成瀬さん凄かったな、なんかアレかなぁ、大丈夫かな…なぁゴッチよ」
「また来ますって言ってたじゃねぇか。ならまた来んだろ」
「それもそうかぁ〜、なんか嵐みたいな子だったな…」
「嵐!良いじゃねえか、風を感じるぜ…!!!」
〜
冬が忘れていった冷気が残る帰り道、わたしの体だけ湯気があがっていた。
「汗…」くんくん
この季節は、動かなければ寒いけれど、着重ねているとすぐ汗をかく。
心に灯った火が、ざわめいている。
また明日、ちゃんと準備をして行こう。
ただサークルを見て行くだけだった予定が崩れ、わたしは、はじめましての人たちと一緒に音楽を奏でた。
高揚で胸が跳ねる。
ゆっくりと、わたしの演奏が再開した。
◆
―――
わたしには問題がある。
現在進行形で―――
「なぁ、ののちゃん、」
う〜ん
「次ここのとこね、伴奏ヨロシク!」
キーボードもやってみてよ、と言われるまでにそう時間はかからなかった。
嫌ではないけど、和音を意識するのがなんとも微妙にうっとおしいなと感じ、モヤモヤする。
二人と演奏するのは楽しいし、喜んで貰えているけれど、やはりここでも、
こういうのを求められてしまうのか。
「ゴッチお前ほどほどにしろよな。(成瀬さんは)フォラー
(※一部で使われるウィンドフォールズヲタクの呼称)じゃ無いんだから。」
「分かってねぇなぁミドは。俺はTWFのヨシザキさんみたいに弾いてくれって言ってんじゃなくて、
こういう…こんな…感じにやるとめちゃめちゃにイイぜ!って思ってるだけなんだ。」
・
・
・
―――今教えた通りにやってみて―――
・
・
・
この人達は、そんなんじゃない。
それが分かっているからこそ…。
「…注文は多い気がします」
・・・はぁ。もうちょっと言ってもいいぞ、わたし。
「えっ!マジ!?ののちゃんごめん!!!」
「なんで今初めて聞いたみたいな反応してんだよ、俺が何回も言ってんのに……と、
もう一回は…もういいか。そろそろ帰ろう。二人ともメシ行く?ラーメン行くかラーメン。」
「おう、そうするか。ののちゃん今日俺が奢るよ!」
「…いえ大丈夫です、自分の分は出すので」
「いつものお詫びってことで!」
「じゃあゴッチ、俺にも奢れよ〜」
「何でミドまで。」
「言ってみただけ。」
〜
二人のこんなやり取りが少し微笑ましい。
先輩二人に連れられて帰るというのもなんだか肩身が狭く感じていたけれど、
まぁこんなものなのかもしれない。
どんな形であれ、音楽を続けていれば、いつかはきっと……
あち。舌先がヒリリと灼けた。
〜
「駅までな。」
「あー。」
「……。」
人々が行き交う夜の駅。長い通路なので、
だいたいこのあたりで話のネタが尽きてしまう。しかし…
今日は違った。
「なぁ、あそこ、演ってるから寄ってっていいか?」
「ん。ストリートピアノだな。今日から置いてんのかな。」
「すげぇ、TWFの曲だ…!!!!!あいつ滅茶苦茶上手いぞ!!!」
「はしゃぐな。ふむ…アレンジかな、確かに凄いね。」
「いいや、はしゃぐね!!やべえ…涙出そうだ…俺が初めて……………………た…時を……」
「おいおいゴッチ大じょ…ってか…成瀬さんは?」
「え?…ののちゃんどこ行った……?」
〜
わたしは人ごみをかき分けて、まっすぐに歩を進め―――そっと奏者の隣に立つ。
長い髪に白い肌。年上の男性らしい、大きくて細くて、凹凸のある強そうな手。
目元はギロリとしていて、怖い感じ。
耳を澄ませる。
彼の奏でるメロディは、うっとりするほど豊かな旋律だった。
聴く人の心に語りかけ、耳を傾け、そっと優しく触れて励ますような。
そしてとても…イメージが湧いてくる。わたしには彼の演奏が大きく響く。
波長と波長がぶつかり、ひどく高まる。
、♪―――――――
確かめるように、彼の演奏にひとつ音を落とす。
彼は少し頬を緩めたかと思うと、演奏を継続した。
認められた。
彼の滑らかなアルペジオに、思いついた音を重ねる。
それは奇妙なダンスだった。
今までこんな音楽を奏でたことはない。
けれどとっても体に馴染む。
子供の頃、牛乳が好きでゴクゴク飲んでいたみたいに、それは自然にわたしの中を流れてゆく。
「―――交代、してみるか?」
彼が腰を持ち上げ、はんぶん移動する。
腰を下ろすと、椅子の右半分がほんのり温かい。
わたしが主旋律を奏で、左の彼が右手でそれに追随する。
周囲から歓声が上がる。
彼は左手を挙げてそれに応えているけれど…
それどころじゃないのよ、こっちは。
あぁ、もうあと何小節と思っていたのに、隣の彼は演奏を続ける。山場が何度も繰り返され、
ピアノの前の興奮が最大になる。
そうして指が攣るほど奏で続けて―――
気づいたら盛大な拍手に包まれていた。
「成瀬さん!お疲れ!」
「すげえ!ののちゃん!最高だったぜ!ヤバい!もっと弾いてくれ〜〜〜!!!てかその人知り合い?」
先輩二人がやってきて、隣の彼を見た。
「俺か?初めましてだよ。お兄さん達、俺は…大室響だ。」
「どうも…!日向です、ほんとに凄かった、良かったね成瀬さん!こんな人と演れて!」
「俺はゴッチだ。ののちゃんマジですげえな……、大室さん、最高でした。
俺、ザ・ウィンドフォールズのファンで…」
また始まったか、まずい今すぐ言わないと機会を逃す…!!!!
「先輩っ!!!」
「な…?!」
「の…!?」
「この人に、しましょう!!!」
「おお、どうしたんだ?お嬢さん。…おっと、お礼がまだだった、さっきはありがとう、、、」
「大室さん!私達とバンドをやりませんか!!!!!」
「「「えええええええええええええ!?!?!?」」」
「いや!いいと思う!みんなが良いなら!」
「ミドぉぉお!?!?いいのか?いいのか?俺はいいぞ!?!?!?」
「突っ然っで驚いてるんだが、君たちいくつ?えーと、バンドってどんな?
えーと俺は普段はロックの作曲などを…ピアノも昔からやって…」
「…ダメですか?」
「「「・・・・・・・・・」」」
「…お嬢さんから、名前をまだ聞いていなかったね。」
「さっき思いついたのがあって。…ナノです。本名は成瀬ののです。こっちは私の先輩です。ミドとゴッチです。」
「おお、ありがとう、ナノ。俺は…そうだな…キョン、とでも名乗ろうか。良いだろう、
まずはやってみようという気になった。宜しくな。ナノ、ゴッチ、ミド。」
「マジか!宜しくな!キョン!」
「ゴッチ、いきなり軽すぎんだよ。お前キョンさんの目ぇ見てみろ。すみませんいきなり…
…でも宜しくお願いします、嬉しいです。是非一緒に。」
「あー・・・すまない、目つきが悪いのは生まれついてのものなんだ、気にしないでくれ…」
かわいいなこの人。
この人になら、任せられる。わたしの感覚に間違いは無い。
質量をもった、ひときわ大きな風が―――
―――駅の長い通路を吹き抜けた。
〜
あれから色々考えて、わたしはドラムを担当する事になった。
過去から逃げるわけじゃない。
3人とセッションするうちにわたしは、ドラムがやりたい、
わたしが3人とやる楽器はこれが良いと純粋に思うようになった。
3人がお金を出しあって、グローブを買ってくれた。
…大切にしよう。わたしが自分でみつけた音楽と、この手を包む優しさを。
♥
「さて・・・」
ミドが頭を悩ませてからどれくらい経っただろうか。
ミド「H×H(ヒートハート)」
キョン「One Flag」
ゴッチ「BLOWIN'D」
それぞれの考えたバンド名と、そこに籠められた思いが披露される。
「キョンのも、ゴッチのもすごく良い。どれも俺達の音楽を表している。
マジでどうしよう・・・」
「最終的にはリーダーのミドが決めるしかねぇだろ。」
「そうだな。俺も自分の考えた“One Flag”に自信はあるが・・・」
「・・・バンド名に採用されなかったものはいつか、シングルかアルバムの名前にしよう。
・・・なんだ、やるんだよ。俺達は必ずデカくなるに決まってる。キョンが作曲するんだから。な?
―『当然だな。任せてくれ、ミド』― ん。それで肝心のバンド名は・・・
ナノ、さっきもうちょっと時間〜って言ってたけど、思いついた?」
ゴッチは典型的な“フォラー”だから、ゴッチ自身がザ・ウィンドフォールズに触発されてロックを始めた事、
いつか自分たちも同じように風を巻き起こして、音楽で感動を伝播させたい、という願いを語っていた。
いかにもゴッチらしい。
キョンは、自分たちが導き手となり、聴いてくれる人々が“One flag”という一本の旗印のもとに集まってくれたら、
という願いを語っていた。
ミドは、そんな二人の思いを反映させつつ、心に灯った情熱が広がり、聴く人を巻き込む存在でありたい、
という願いを語っていた。
そうだな・・・
「【arker】、読みはアーカー。どうですか。
…Arkっていうのは方舟って意味なんですけど。わたしたちが方舟の漕ぎ手になるんです。
ノアの方舟には神様に選ばれたいきものしか乗れないけれど、わたしたちの方舟には、誰でも乗っていいよ、って。
好きな人が好きなように、わたしたちの音楽を楽しんで貰えたらなって、そう思って考えました。」
「頭のaは大文字じゃなくて小文字?」
「これはなんていうかな、3人が話してた中にも出てきてましたけど、目印みたいな意味も籠めてあるんです。
(M)arker。マーカーで、目印。隠れたMを意識してるから、aは小文字なんです。」
「ナノ、すごく良いね。聴いてくれる人の事をすごい考えてるって点で俺はいいと思うな。
まー“H×H”も自信あるんだけどね!」
と、ミド。
「なるほどなぁ〜」
と、ゴッチ。
しばらく考え込んだ後、はっ、と思いついたようにキョンが口を開いた。
「ナノ、頭にくっつけるMなら、、、良いのがあるじゃぁないか。」
キョンの眼光が漲る。
「俺達のリーダー、ミドのMだ。方舟の先頭の担い手に、相応しいだろう?」
「「「それだ・・・」」」
こうして満場一致で。
バンド名は【arker】に決まった。
〜
arker になってから初のステージ。
眩い照明が、熱を持ってわたしたちを包む。
緊張しぃのギタボと、お調子者のベース、目つきが悪いのを気にしている、お茶目なキーボード。
―――ゴッチいける?『おう!』キョンは?「俺はいつでも。」
…それじゃナノ、よろしく―――
すぅ、肺いっぱいに空気を取り込む。
♪、♪、♪、
4人の呼吸が揃い、方舟が出航する。
帆には期待と、不安と、決意と、挑戦と、安堵と。様々なものが入り混じった、大きな風を受けて。
わたしたちと、聴いてくれる人たちとに彩られた、
揺るがない、わたしの大切な音楽。
これからもずっと、―――
終
タイトル&ヘッダーイラスト・文字:とんとん
ロゴデザイン・編集加工:皇
脚本:渡良セシボン
あとがき
最後までお付き合いいただきありがとうございました。arkerの物語はここから始まります。
よろしければ以下からご覧いただければ幸いです。
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